小さなニーズに向き合い、丁寧に拾い上げて具現化を。新ブランド「H¹T by W」に込められた想い

2022.04.04
コラム

コロナ禍によるテレワークの推進により、サテライトオフィス(時間貸シェアオフィス)が注目を集めている。野村不動産の「H¹T(エイチワンティー)」は、2022年3月初旬時点で146店舗を出店。都内の中心地だけではなく、ベッドタウンとなる街にも拠点を作り、在宅ワークの必要がある働き手に自宅・会社以外の働く場所を提供している。

そんなH¹Tから、新たに登場したのが「H¹T by W」だ。「W」は「Woman」の頭文字から取られており、女性向けのH¹Tとして展開されている。今回は、そんなH¹T by Wを担当した事業課の森めぐみ(以下、森)、建築部推進課の駒形早紀(以下、駒形)、建築営業部企画課の杉山詩織(以下、杉山)に、新ブランドのコンセプトやデザイン・機能面へのこだわりについて語ってもらった。

「女性ならでは」に縛られることのない、新しいH¹Tブランドを目指して

これまでのH¹Tは主に男性メンバーにより作られてきたが、H¹T by Wは名の通り女性メンバーが中心となって作り上げたものだという。ブランドの立ち上げにあたり、森、駒形、杉山はそれぞれどのような印象を抱いていたのだろうか。

森:H¹Tの利用者の女性比率を上げていきたいねという話が、本プロジェクト立ち上げのきっかけです。2021年6、7月頃のことです。女性社員にヒアリングをして、女性メンバーがメインとなって作っていこうと。そこからメンバーを集めることになり、駒形に声をかけました。

駒形:野村不動産にはさまざまなブランドがありますが、いずれも洗練された高級志向が強いです。H¹Tも、他ブランドと差別化するために「洗練された高級感」がコンセプトで、黒基調な雰囲気の内装になっています。そうした中で、「H¹Tすべてを同じ雰囲気に統一しなくてもいいのでは?」という議論が生まれ、幅を広げていくことになったんです。

立ち上げ時と比べると、店舗も都市部から郊外へと幅が広がり、それにより利用者の利用時間も短時間だけでなく1日中過ごしていただけるケースも増えてきた。だったら、内装デザインの幅ももっと広くていいよねと。私はby WからH¹Tに関わることになったので、完全に利用者目線でしたね。ただ、「その目線でやってみて」と言っていただけていたので、「外から見た目線を生かして幅を広げていきたいんだな」と理解しました。杉山さんは以前からH¹Tに関わっていた一人ですね。

杉山:はい。H¹Tの設計には当初から関わっていました。先ほどもあったように、H¹Tには女性メンバーが少なかったので、今回、女性向け店舗を作るにあたって担当させていただいたという感じですね。

駒形:ブランド名にも「W」が付いているわけですが、私は正直「女性目線」という言葉にはしっくりしていませんでした。by Wのネーミングにも、「え、わざわざWって付けちゃうの?」と驚いたくらいで。チーム内でも「女性が作る女性向けシェアオフィス」ってなにか話し合いましたよね。

森:この時代にあえて打ち出していいのかなと。ただ、そこから話していって、「女性向けだからかわいくしよう」じゃなくて、小さな不便を解消したり、「こうなったらいいのに」を拾い上げて叶えたりしていきましょうというコンセプトに落ち着きました。なかなか「これだ」というコンセプトに行き着かなかったですよね。

駒形:1ヶ月くらいかかりましたね。お客様のアンケートを森さんが持ってきてくれて、そこから最終的に決めていきました。

杉山:私も「女性だから」に迷いました。ふだんオフィスのデザインをするときは性別や年代を問わずボーダーレスに働きやすい空間を提案することが多かったので、「女性向けのシェアオフィスを作って」と言われたときに、どうやって表現したらいいんだろうと思ったんです。また、H¹T by Wは別に女性専用なわけではなくて、男性のお客様にも利用してもらう店舗なので、そこのバランスについて話しながら設計していきました。


チーム内やアンケートから抽出した課題を一つひとつ解消

「小さなことを具現化していく」「あったらいいなという小さな声にも真摯に対応する」を機能面のコンセプトに据えたH¹T by W。具体的に、どのような「小さなこと」を機能やデザインに落とし込んでいったのだろうか。

森:「パソコン作業をするときに机の角であざが付いて痛いから丸くしよう」とか、「シェアオフィスから飲み会に行く前にお化粧直しができる場所があったらいいよね」など、私たち自身が抱えている「ちょっと不満に思っている」課題を解決していきました。また、アンケートも非常に参考になりましたね。

私は基本的にオフィス内でH¹Tの仕事をしているので、外回りをする営業の女性たちの意見が新鮮で。「1日中ヒールで歩き回ったあと、タイルの上を歩くのがつらい」とか「ストッキングが破れたときに変えられる場所があったら便利」など、聞いてみて初めて気づけた課題もありました。あとはお母さん目線ですね。「お弁当を持ってきて気兼ねなく食べられる場所があったらいいな」という声を受け、ラウンジを採用しました。

駒形:机の角もアンケートに書かれていましたよね。あとは照明。手元の明るさではなく、オンライン会議時の顔映りを良くするための照明へのニーズが非常に高かったです。手元の明るさは確認していましたが、顔映りに関しては意見をもらったことで解決できた課題だったなと思います。移動式がいいのか固定式がいいのか、調光機能はいるのかなど、いろいろ試したりヒアリングを繰り返したりし、最終的には移動できる置き型の照明を選びました。

あと、デザイン面は「各店舗のエリア特性を出すこと」をコンセプトにし、杉山さんとどうするかを考えていきました。ですから、同じby Wでも内装の雰囲気は異なるんです。共通しているのは入口付近にあるアメニティタワーですね。飲み物やお菓子、ちょっとした化粧品など、「あったら便利」なものをぎゅぎゅっとまとめて置いています。

杉山:大枠として「女性向けのデザインにしたい」「三軒茶屋の街並みを内装に落とし込みたい」という2つがあるという感じですね。通常のエイチワンティーの店舗では、効率性を重視したレイアウトをつくるために直線的なデザインが多いのですが、大前提として「女性向けのデザインにしてほしい」という要望があったので、楕円など曲線的なモチーフを多く用いています。私がメインで担当した三軒茶屋では、入口にあるアメニティタワーやその奥にあるテーブルが楕円で、壁の開口やアート・オブジェ・照明についても曲線的なデザインのものを選んでいます。デッドスペースはできてしまうのですが、その空間のゆとりも豊かさとして楽しんでもらいたいなと思っています。

デザインをするに当たり、三軒茶屋の街を歩きました。そこで、今どきのおしゃれなカフェがある明るい印象を受ける一方で、昔ながらのレトロな雰囲気の飲み屋街が混在しており、それが三軒茶らしさなのかなと感じたんです。そこから「対極性」という要素を得て、オープンスペースは曲線的、個室は直線的なデザインにしました。

駒形:オブジェや壁紙のカラーも店によって異なるので、ぜひ比べてみてほしいですね。新宿東南口は新宿の街のごちゃごちゃ感、何でもあり感を表していまして、ネオンを感じられる派手さのあるクロスやオブジェを選んでいます。下北沢は小さな物件なので、まずはアメニティタワーの位置を決め、取り囲むように個室を配置しました。毎日使っていただいても飽きが来ないように部屋ごとにカラーが違うので、ぜひいろいろな部屋を試してほしいです。

杉山:by Wでは個室に柄物のアクセントクロスと単色のベースクロスを組み合わせて使っているので、かなりの色数になります。三軒茶屋の一人用個室だけでも、10種類以上のクロスを貼り分けているんですよ。また、男性も利用することを想定して、入口で入りづらさを感じさせることのないように意識しながら色や柄を選びました。

森:アクセントクロスもアンケートから導入を決めたものでしたね。オンライン会議時に背後に扉が見えるのが嫌だという意見があり、背後にアクセントクロスを張った壁がくるようにしようと。また、新宿東南口では自分を投影して綺麗に映し出せるWebスクリーンも備え付けられています。


毎日でも使いたくなるような居場所へ

小さな要望や課題解消を積み上げ、実現したH¹T by W。利用者の立場でもある3人のお気に入りはどこなのだろうか。今回のプロジェクトの振り返りも合わせ、感想を聞いてみた。

駒形:色味、使いやすい机や椅子の高さ、程よく人に見られて、程よく閉塞感がある窓際席など、本当に数えきれないほどこだわったポイントがあります。その中でも、強いてお気に入りを挙げるならシンボリックなアメニティタワーですね。レイアウト面では正直効率はよくない円柱型をしていますが、アメニティーも充実させることもH¹T by Wの大きなコンセプトなので、来ていただいた方の1番はじめに目にするものがアメニティタワーであることに意味があると考えています。これがあるから「by Wに来た」と特別感を感じてもらえる場になれたならなと。「いいことがありそうだな」と思ってもらえたら嬉しいですね。

杉山:自分が担当した三軒茶屋への思い入れが強いです。H¹Tは黒で空間を引き締めている店舗が多いのですが、今回はby Wということで、メインカラーにはベージュやアイボリーを採用。空間にメリハリをつけるために使ったのはダークブラウンで、黒は使わないように心がけました。ダークブラウンで部分的に空間を引き締めつつ、軽やかで柔らかな雰囲気を感じていただけるのではと思いますね。

駒形さんもおっしゃっていたアメニティタワーには、植栽が上から蔦のように下がっていたり、女性が手の届きにくい高めの棚には花瓶やオブジェが置かれていたりします。壁にはアートも飾られているので、そういった要素も楽しんでいただけたらいいなと思っています。居心地を形にしていくのは難しいのですが、「ここで働きたいな」「居心地がいいな」と思ってもらえたら嬉しいですし、今後も変化するニーズに対応しながら、利用者の働き方をサポートしていける空間を提案していきたいですね。

森:H¹Tは移動中の合間に1時間だけ使うスポット的な使われ方が多いんですが、by Wは場所柄もあり1日中使われることが多いんです。そうした背景もあり、コーヒーや紅茶など、飲み物を充実させて時間や気分によって飲み分けられるようにしました。実はカップもby Wのために作ったオリジナルで、通常サイズよりほんの少し大きくしているんです。いちいち入れるのって、面倒ですからね。あとは、ナッツサーバーなど、身体にやさしいおやつもあります。

駒形:実は、ナッツサーバーや室内のミラーなど、by Wで導入したものがH¹Tにも波及しているんです。差別化の要素が薄くなってしまうなという思いもあるんですが、それだけby Wでいいものを作れた証でもあると感じていますね。


森:すでにお話ししたように、by Wは男女ともに使えるシェアオフィスです。使い方はH¹Tと同じで、予約サイトから場所を選ぶだけですから、ぜひ性別関係なく使ってもらいたいですね。自由が丘にはレディースルームができるので、そこだけは予約時に気を付けていただければと思います。思ったよりも男性の方が来てくれていて、オンライン会議時に顔映りが良くて良かったといったご感想もいただいています。ありがたいですね。

「女性向け」であって、「女性専用」ではないH¹T by W。こまごまとした課題や要望を汲み取り具現化したことで、男女を問わず多くの人のニーズに応えられる場に仕上がったのだろう。H¹T by Wは「いつもの場所がほしい」人にも、「今日はちょっと気分を変えたい」ときにも使える居場所だ。