メンタル不調は今や誰にでも起こりえること。
企業は「リモートワークの下地」を整えよう

2021.06.24
イベントレポート

H¹Tでは人生経験シェアリングサービス『another life.』とタイアップし、働き方改革の最前線で活躍するゲストとこれからの働き方について考える『H¹T LAB~働き方改革最前線~』を定期開催しています。

第8回目のテーマは「リモートワークでのメンタルケア」。都内を中心に30社以上の企業で産業医として働く大室 正志さんを迎え、リモートワークがメンタルヘルスにどんな影響を及ぼしているかやオフィスの果たすべき役割についてお話を伺いました。本イベントの様子をレポートします。

【ゲスト】

  • ・大室 正志氏(大室産業医事務所 代表)

【モデレーター】

  • ・新條 隼人氏(株式会社ドットライフ代表取締役社長)

リモートワークは下地が9割

新型コロナウイルスの影響で、多くの企業にリモートワークが普及しました。メンタルの悩みを訴える方は増加しているのでしょうか?

大室:実は、私の顧問先でもメンタルの悩みを抱える方の総数に変わりはない企業の方が多いです。リモートワークでメンタル不調に陥る人もいる一方で、リモートワークのおかげで精神的に楽になった人も大勢います。

さまざまな企業で行っているストレスチェックの結果を見ても、今まで高ストレスだった人が低ストレスに、低ストレスだった人が高ストレスに、と内訳が変わっただけというパターンが多いです。

総数が変わらないのは意外な結果ですね。リモートワークでメンタル不調に陥りやすい人には何か傾向があるのでしょうか?

大室:一番多いのは、入社直後や異動直後など環境が変わった人たちですね。入社2年以内の方はとくに注意が必要です。飛行機が離陸後シートベルト着用サインが消えるまで揺れるように、軌道に乗るまでは業種・職種に関わらずリスクがあります。また、今は対面で会う機会もないまま、リモートワークがスタートすることがありますよね。人間関係が希薄な状態では、リスクはさらに高まります。

たとえば、リモートワークが浸透しているIT系の企業に転職した方がいるとします。上司と直接顔を合わせたのは1回だけで、すぐにリモートワークに。チャットでどんどん仕事が降ってくるが、どんなアウトプットを期待されているのか、どのくらいの頻度で報告・相談をしたらいいか分からない。そうすると、なんとなく仕事がしづらい状況に陥ります。スタートダッシュの部分で躓いてしまうケースは、リモートワークで増えていますね。

私はよく「リモートワークは下地が9割」と伝えています。たとえば、「これどうなっていますか」というちょっとしたチャットのやりとり。上司が淡々とした人だと知っていれば、単なる質問だと感じますが、知らなければ「怒られている」と感じるかもしれません。下地の有無で、捉え方が変わってしまうのです。便利なチャットツールですが、メンタルに影響することもあります。


リモートでご出演いただいた大室 正志氏

では、勤続年数も長く人間関係も良好なのに、リモートワークでメンタル不調になってしまう人は何が原因なのでしょうか?

大室:やはり雑談がないことが大きな要因だと思います。ある統計では、雑談を増やした結果、売上が伸びたという報告が出ています。とくに女性は雑談の重要性を感じる方が多いですね。

また運動不足による睡眠の質の低下なども上げられます。睡眠の質は、体の疲れと頭の疲れのバランスが良いときに高まります。リモートワークになったことで、通勤時間が減り、睡眠時間が増えている一方で、運動不足により睡眠の質自体は下がっているんですね。睡眠の質が下がると、ネガティブな気持ちになりやすくなります。

業種によっても、メンタル不調の起こりやすさに違いはありますか?

大室:コロナ禍以前からリモートワークを導入している会社や、エンジニアやコンサルなどジョブ型雇用の方は、リモートワークに慣れているのでメンタル不調が起こりづらい傾向にあります。

問題は、コロナ禍で突然リモートワークを導入した会社です。最初はうまく回せていても、だんだんとコミュニケーションの齟齬が起きてしまうことがあります。職場では「ちょっといいですか」と聞けていた内容が、リモートだと聞きづらい。上司側もめんどくさがってコミュニケーションを取らない。この循環により、どんどん上司と部下の乖離ができてしまい、2~3か月後くらいにトラブルが起こる。こんなケースもよく聞きます。社風や職場の雰囲気も大きく影響すると思いますね。

メンタル不調の原因は分かりづらい

そもそもメンタルの不調とは、どのような状態なのでしょうか?

大室:メンタル不調は、脳のCPUの低下です。不安を鎮める物質であるセロトニンや、やる気に影響するノルアドレナリンなどの脳内の神経伝達物質の流れが悪くなることで、CPUが低下していきます。

CPUが低下する原因は何でしょうか?

大室:業務起因性のもので言えば大きく分けると、仕事の量、質、人間関係があります。

野球のピッチャーに例えるとわかりやすいでしょう。ピッチャーが肩を壊したとして、どこに原因があるでしょうか。

一つめに、ボールを投げすぎている場合。たとえば、毎日200球投げていたとしたら、簡単に肩を壊してしまいますよね。ビジネスパーソンに置き換えると、過重労働にあたります。

次に、毎日70球しか投げていないのに、怪我をしてしまっている場合。怪我をしやすいピッチングフォームで投げているのかもしれません。ビジネスパーソンに置き換えると、上司や同僚の言葉やリアクションをネガティブに捉えるなど、コミュニケーションの仕方に課題があるかもしれません。その場合はカウンセリングが有効になります。

最後に、ピッチングフォームも悪くないし、投球数も少ない場合。これは筋力不足によるおものかもしれません。仕事でいうと、能力不足です。そもそもその仕事を任せるだけの能力が足りていないから、辛くなってしまうのかもしれない。

このようにメンタル不調は怪我と似ていて、一つひとつ原因を分析してようやく判明するんですね。さらにメンタル不調の難しいところは、本人自身が無意識的に目を背けている場合があること。そのプライドを無視して、周りが原因を突き詰めるような真似をすると、余計心を閉じてしまうことがあるので注意が必要です。


企業はどこまで対処するべきなのか?

従業員のメンタルヘルスを整えるために、企業はどうすべきでしょうか?

大室:2種類の作業が必要です。1つ目は、マイナスをゼロにする作業。いわゆるリスクマネジメント、安全配慮義務と呼ばれる内容です。2つ目は、ゼロをプラスにする作業です。生産性向上の文脈で語られることですね。

1つ目の安全配慮義務については、どこまで企業が関与すべきかが難点です。安全配慮義務は、55年ほど前に青森の自衛隊隊員が機械の整備不良による事故で亡くなった際に遺族が国を訴えた際の判例から生まれました。最高裁で国や自衛隊が、怪我や事故から守る義務があったと認められたのです。

1990年代には、ある大手企業の若手社員がうつ病の診断書が出ていたにも関わらず、毎月100時間以上の残業を続けて、自殺したという不幸な出来事がありました。この判決で、企業は心身の健康に配慮する義務があるとされました。つまり安全配慮義務がケガや事故から心身の健康にまで拡張された判決が出たのです。

近年では働き方改革法案が成立し、企業の社員に対する義務は毎年厳しくなっています。とはいえ、今参考にしている判例は10年前ほどのものが多いんですね。時代背景が変わってきているので、解釈も悩ましいところです。

確かにどこまでが安全配慮義務か、分かりづらいですね。

大室:安全配慮義務は、予見可能性と結果回避性に分類できます。予見回避については、先程の大手企業の例であれば、企業側が「この人は体調が悪い」と予見し、残業無しや休職するなど、結果を回避する努力ができたはずです。この場合、結果回避義務を怠ったと言えます。

しかし、リモートワークの場合、予見が非常に難しくなっています。今までは「通勤していること」が体調に関する有益な情報でした。しかしリモートワークでは、直前まで寝ていてもパソコンをログインさえすれば勤怠が記録されます。企業が社員の健康状態に、もう一歩踏み込んで確認することが、リモートワーク社会の常識になっていくのではと思います。


周りがメンタルの不調を察知するべき

メンタル不調にいち早く気付くにはどうしたらいいでしょうか?

大室:早期発見において絶対に外してはならないのは、勤怠です。体調不良による休暇や遅刻でも注意が必要です。メンタル不調の9割くらいの方は、まず身体の不調を訴えます。たとえば胃腸炎や頭痛などの症状です。胃腸炎にしても、月に何度も起こすことはそうそうありません。もしかしたら過敏性腸症候群という自律神経の問題かも?と頭の片隅に置いていただきたいです。

ただ、本人からすると「メンタルの問題では?」と周りから言われると嫌な気分になります。そうではなく身体の問題として向き合っていただきたいです。「最近眠れている?」「最近疲れていない?」などと聞けば、本人も話しやすくなります。

またメンタル不調はコミュニケーションの質の低下を及ぼします。たとえば、オンラインの会議で顔出しを嫌がる、電話に出られない、連絡が遅い。1日くらいであれば単なる疲労ですが、2~3週間続くようであればメンタル不調を疑っていただきたいです。

休日の過ごし方を聞くことも有益です。休日は1週間の中で一番低ストレスですよね。低ストレスなときに何もしたくない人は、メンタル不調の可能性があります。何気なく聞いてみるといいでしょう。

これまでのお話を聞いてすごく興味深いなと思ったのですが、やはり本人に自己申告してもらうよりは、周りが気づいてあげることが大事なんでしょうか?

大室:やはりメンタル不調を自分自身で認められない人が多いんです。不調に気づかないまま過ごし、突然電車に乗れなくなったり、布団から起き上がれなくなったりする。そうなる前に、前兆に気づいてあげてほしいですね。

本人の認めたくない気持ちは、よく理解できます。とはいえ、これだけ知的産業が発達して、脳のCPUを使っていれば、メンタル不調はもはや誰にでも起こりえること。パソコンの動きが重くなったら中のデータを削除して軽くするように、脳のCPUを使い過ぎたら、休ませてあげる。現代人が生きていくためのお作法みたいなものです。よくあることなのだと、周知していきたいですね。


メンタル不調を察知するための、企業の取り組み事例を教えてください。

大室:たとえば、日報で感想を書いてもらう会社は多いです。普段から感情を表していると、微細な変化にも気づきやすくなります。また会議井の前後にチャットツールを使い「チェックイン」「チェックアウト」のような形で、自分の感情を声に出してもらうことも有効です。

メンタル不調を訴える人に、どのようなサポートができるでしょうか?

大室:サポートという面では、セルフケア、同僚や上司などのラインケア、産業保健スタッフのケア、事業外のサポートの4種類に分けられます。

事業外支援については、住んでいる自治体や健康保険組合がカウンセリングサービスを行っていることがあります。会社では話しにくいという方は、それらを利用していただきたいですね。

オフラインの重要性は変わらない

リモートワークが普及する中で、オフィスはどのような場になると思いますか?

大室:まず、リモートワークが普及しても、オフラインの重要性は変わらないと考えています。

私たちが仕事をする上で大切なのが「文脈」です。たとえばダチョウ倶楽部さんの「押すな」の言葉を、「押して」の意味だと理解するには、彼らの芸風や人となりを知らなくてはなりません。チャットツールで要件だけのやりとりをしていると、意図が伝わらず、かえって非効率になることもあります。リモートワークこそ、文脈の共有が重要になるのです。

そんなことを考えると、今後オフィスは「教会」のような場になるのではないでしょうか。会社の理念を信じる人(=社員)がたまに集まって、理念を共有し、また現場に戻っていく。そんなゆるやかな機能を持つオフィスが増えていくのではないでしょうか。

また、アイディアを生み出すためにはオフラインのほうがいいという話も聞きます。クリエイティブさを必要とする業種は、オフィスで働く方が効率がいい場合もあるでしょう。

ここからは参加者からいただいた質問にお答えいただきたいと思います。1つ目の質問です。オンラインで顔出ししてくれない人に対して、どのように対応すべきでしょうか?

大室:ビデオオンが必須など、社内での「マナー」を決めるのがいいのではないでしょうか。ある企業では、顔を出す会議と出さない会議を決めているとも聞きます。「なんとなく」が横行しているとお互いにストレスがたまるので、企業側が価値観として表明しておくべきだと考えます。

次の質問です。オンライン座談会などのコミュニケーションの機会を設けていますが、そもそも参加してこない人にはどうアプローチすべきでしょうか?

大室:来てほしい人ほど参加してくれないものですよね。J&J時代に社内で、糖尿病セミナーをやったことがありますが、来たのは健康意識の高い方ばかりでした。自由参加のイベントでメンタル不調をすべて拾おうとするのは難しいと思ってください。

ただ、オンライン座談会などを行なうことで「メンタルケアに気を配っている会社なんだ」と会社のムードをつくることができます。あくまでメンタルケアへの意識底上げをする一次予防だと捉え、不調の方を見つける施策は別に設けるべきだと思います。

ありがとうございました。最後に一言お願いします。

大室:リモートワークになったことで、メンタル不調の予兆に変化が生じ、気づきにくくなっていると感じます。最近ではAIで抑うつのアラートを出すなどの技術も開発が進んでいるようですが、現時点では勤怠状況のチェックやコミュニケーションのなかで見つけるしかありません。

人間にとって、環境変化はストレスです。昇進や結婚などプラスな意味合いのものでも、ストレスになるのです。今はストレスの過渡期にある時代だと自覚して取り組んでいただければと思います。

今後もH¹Tは『H¹T LAB~働き方改革最前線~』を定期開催し、様々な切り口からワーカー本位の働き方について考える場を作ってまいります。