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伊藤絵美×柴田文江×龍崎翔子と考える 自分をケアしながら働ける場所を

2021.02.09
コラム

コロナ以降働くスタイルが変化し、リモートワークやテレワークが「ニューノーマル」として生活に根付いてきました。この状況を受け入れるために、自身にとって「働きやすい場所」を試行錯誤している人も多いはず。空間ひとつとっても、椅子や机などのプロダクト、気温や香りなど環境、同居者や近隣との関係性による心理的なものなど、多分な要素が「働きやすさ」に影響しています。

She isと野村不動産が運営するサテライト型シェアオフィス「H¹T(エイチワンティー)」のコラボレーションプロジェクト「#わたしにちょうどいい働き場所」では専門家の方をお招きして、働く場所が快適なものになるためのヒントを探りました。プロダクトデザイナーの柴田文江さん、臨床心理士・公認心理師としてカウンセリングを行う伊藤絵美さん、ホテルプロデューサーの龍崎翔子さん、野村不動産パートナーズの杉山詩織さんと小田桐知世さんに、それぞれの視点から話していただきました。働きやすい場所を考えること、それは自分自身や大切にしたいことを見つめ直すことにも繋がるのではないかと発見した対談でした。

心理学の観点でいうと、普段働く場所がその人にとって「心理的に安心/安全かどうか」がとても大事。(伊藤絵美/臨床心理士)


「仕事」と「暮らし」の距離がグッと縮まった数か月。両者の関係をどのように構築していくか、課題や利点が次第に見えてくるようになったなかで、「心理(カウンセリング)」「プロダクト」「空間づくり」の専門家の方々に「自分にとって心地よく働ける場所とはどういった場所か?」について多角的な視点で考えを伺いました。

伊藤:専門にしている心理学の観点から話すと、普段働く場所がその人にとって「心理的に安心/安全かどうか」がとても大事だと考えています。心理的安全とはつまり、「脅かされない環境である」ということ。自分の発言や行動が否定せずに受け止めてもらえるような環境だと、安心して振舞うことができますよね。

また、他者に占領されず、一人で思考を深めることのできる空間が確保されていることも重要です。環境は、個々人の好みによるところも大きいですが、今一度自分の気持ちを振り返っていただくといいと発見があると思います。


伊藤絵美さん

柴田:「プロダクトの心地よさ」は個々人の好みが大きく影響するのでひと言ではまとめられないのですが、個人的な話でいうと伊藤さんがおっしゃっていた「心理的安全/安心」というのは、よくわかります。

個人事務所で働いているので、自分の事務所と外部に足を運ぶのとでは、サッカー選手の言う「HOME」と「AWAY」くらい違う感覚です。事務所は安全なHOME、自分でコントロールできる場所。外はAWAY、戦闘モードで出向くので格好も普段と違います。なので、初めての依頼は基本的に事務所に来てもらうようにしています。HOMEだと自分らしく在ることができますし、自分の美意識や価値観を理解してもらえる。それは、仕事を進める上で大事なことだと考えています。


柴田文江さん

伊藤:私も個人オフィスなので、お気に入りのぬいぐるみや自分にとって大切なグッズに囲まれているだけで、心持ちが全然違いますね。カウンセリングにいらっしゃる方も、その空気に包まれて自然と心を緩めてお話くださるように思います。

その日の気分によっても働きたい環境や場所は異なると思います。(小田桐知世/野村不動産パートナーズ)

仕事場でもなく生活の場でもない「シェアオフィス」という第3の居場所を展開する、野村不動産のH¹T。ニーズが高まっている中で、どのような空間づくりを心がけているのでしょうか。

小田桐:「心地よさ」は人それぞれ違うことが大前提だと思います。そんな中でも温熱、光、香り、音など環境づくりを丁寧に積み重ねることが、心地よさを追求する上で大切なことではないでしょうか。また、その日の気分によっても働きたい環境や場所は異なると思います。H¹Tでは個室やオープンスペースなど様々な選択肢を用意することで、そうしたニーズに応えていきたいと思っています。


小田桐さんが設計を手がけたH¹T蒲田の様子

杉山:環境づくりは大切だと私も思います。H¹Tでは「バイオフィリックデザイン」とよばれる、空間の中に自然を感じられる環境に整えるデザイン手法をとっています。森林浴をしているような光、日光浴をするような大きな窓、生の植物を取り入れるなど、自然と共存するワークスペースにすることで、働きやすい場所になっていると思います。


杉山さんが設計を手がけたH¹T浦和の施設内の様子。バイオフィリックデザインの手法がとられています。

高いクオリティを保ちながら、インテリアとしても素敵なデザインのオフィスチェアが欲しいと思っていました。(柴田文江/プロダクトデザイナー)

プロダクトデザイナーの柴田さんは、イトーキと「働くと暮らすを越境するワークチェア」をテーマにしたプロダクトvertebra03をデザインしました。これまでのオフィス家具にはない、暮らしにも馴染むスタイリッシュなデザインと快適な使い心地。新たなワークスタイルの象徴としても注目を集め、H¹Tでも導入されています。

柴田:vertebraの1代目は、エミリオ・アンバスとジャンカルロ・ピレッティというデザイナーが1981年に作ったものでした。「脊椎」という意味の、人間工学を取り入れた椅子で、机に向かって座ったときに、負荷のかからない体のポジションに整えてあげることが働きやすさに繋がる、という考えから設計されています。当時はPCが広まった頃で、爆発的にヒット。役所や学校など全国的に広まりました。


vertebra03(撮影:Norio Kidera)

柴田:私たちの身体の構造は変わらないので、リニューアルに際して根本的なデザインはそのままにしていますが、働き方は大きく変化しましたよね。たとえば、お洋服でも以前はスーツや制服など堅苦しいものに身を包んでヒールを履いたけれど、いまはラフな格好に歩きやすい靴を合わせる方も多い。オフィスのデザインもカフェ風のミーティングスペースが増えていたりします。

仕事とプライベートが切り離されておらず、「自由に心地よく働く」という風潮が高まっていますし、私も日本の高いクオリティを保ちながら、インテリアとしても素敵なデザインのオフィスチェアが欲しいと思っていました。そこで、これまでのオフィスチェアのイメージを払拭するような、「働く」と「暮らす」がフュージョン(越境)するような椅子を目指しました。

共有物として使われる場面でもなるべく個人のものとして愛着を持ってもらいたかったので、心理的に安心できるスペースを確保する意味で、肘掛や高さ調整など細かい工夫を加えました。イトーキの高い技術と外観やテクスチャーなどを融合させたことで、多くの方に受け入れられたのではないかと思います。

大多数が満足するサービスよりも、徹底的にパーソナルな空間づくりが大事。(龍崎翔子/ホテルプロデューサー)

龍崎翔子さんは、「HOTEL SHE,」などホテルという空間を通して、日常へ持ち帰ることのできるさまざまな気づきを提案されています。卒業論文の執筆を応援する「卒論執筆パック」、アナログレコードをたっぷり堪能できる「HOTEL SHE, OSAKA」など、空間と気持ちの関係性の構築をどのように考えているのでしょうか。

龍崎:宿泊というのは、一緒に泊まった人や泊まるに至った経緯など、ドラマとともにたどり着く場所だと思います。私たちが心がけていることは、このホテルに宿泊したことが、5年、10年経った後でも記憶が呼び起こされるような体験になること。心地よさは人によって異なるものだと思うので、大多数が満足するサービスよりも、徹底的にパーソナルな空間づくりが大事だと思っています。鮮明な思い出がいつでも蘇ってくるような宿泊体験、プロダクトを提供したいと考えています。


HOTEL SHE, KYOTOとイラストレーターたなかみさきさんによる限定コラボルーム

自分の状態に目を向けるには、「ストレス」が一つのシグナル。(伊藤)

「心地よさ」はパーソナルなもの。だとすれば、自分にとって心地いい場所とはどのように見つけることができるのでしょうか。気づきの解像度を高めるために、伊藤さんは、「自身の内なるシグナルを察知することが大事」だと話します。

伊藤:「心地よさ」を追求するには、その人自身にとっての良い/悪いに気づくことが大切です。気づきに目を向けるには、「ストレス」が一つのシグナル。カウンセリングでは、日々の生活の中でストレスに感じていることは何か、毎日記録を取ることをオススメしています。具体的には体調とメンタルの状態を、0から100の間で点数をつけてもらい、点数にひも付く出来事をメモしてもらいます。コミュニケーション不足によるものなのか、なにかが過剰であることなのか、騒音なのか、勤務体系なのかなど。

また、体にストレス反応が出る人も多くいます。頭痛や蕁麻疹など症状が出た場合は、それもチェック。自分自身の変化に目を向けて記録をとる「外在化」という行為は、ストレスのパターンを理解するためにも大事なことです。パターンがわかってくると、対処法を練ることができる。それが、パーソナルなセルフケアの手段を探す一歩になります。

柴田:私も幼い頃からあまり身体が強くなかったので、体調をチェックするようにしています。安定的な体調を確保することが、仕事がうまくいくために大事なこと。私の場合は、身体が気持ちいいと感じることを施すと回復する傾向があるので、足を温めたり湯船に浸かったりするようにしています。お気に入りのお湯の浸かり方は、背泳ぎのように顔だけ水面に出して頭から全身お湯に浸かること。半分おまじないのようなものですが、傷が癒えていくような心地になります。

「気持ちいい」という体の反応は、大事にすべきですよね。マグカップの取っ手や文房具の使い心地など、気づかないくらいの小さなことにも目を向けてみる。「なんとなく好き」という気持ちが積み重なって、身体や心は回復していくとプロダクトデザイナーとして信じています。私自身も、「身体が気持ちいい」ということをいつも考えて、細部まで意識してデザインしています。

伊藤:気づきを高めていく方法としては、「マインドフルネス」とよばれる自分自身の体験に意図的に意識を向ける手法があります。手軽なものとしては、レーズンを用いたエクササイズ。レーズンを無意識に食べるのではなく、食べる前に触ったり匂いを嗅いだり、口の中で転がしたり少しかんだり、五感に集中して味わうことで、気づきを鍛えることができますよ。


伊藤絵美さんによる『セルフケアの道具箱』(晶文社)では、ストレスマネジメント、認知行動療法、コーピング、マインドフルネス、スキーマ療法などの理論をもとにした100のセルフケアの技法が紹介されています
(出版社のサイトを見る)

まずは、自分の状態に気づくこと。さらに自分自身の心身を大切にするための、おすすめの「ご自愛」の方法を伺いました。

伊藤:効能など理性的に物事を捉えるのではなく、自分の気持ちを第一に考えて行動することは、実はご自愛につながります。たとえば、コンビニでカロリーや糖質を気にして買い物をするのではなく、今食べたいものは何かを考えて買い物をする。インナーチャイルドといって、自分の感情の中にいる子どもの声に耳をすますようなイメージですね。小さな欲求を一つ一つ満たしていくことが心のケアにつながります。


伊藤絵美さんが取材中に教えてくださった「バタフライハグ」のポーズ。身体をトントンしたり撫でたり抱きしめたりすることで、心身が落ち着いたり、安心したりします。

龍崎:私は頑張れてしまうタイプなので、これまで「ご自愛」にあまり関心が高くありませんでした。友達から漢方について教えてもらい、カウンセリングに行ったんです。体調について聞かれたことで、初めて自分自身に目を向けることができた。日常には支障をきたさない範囲だったのですが、立ち止まって考えることで、自分の不調に気づくことができました。

毎日忙しいと、自分の状態を気に留めることは難しいですよね。今、新たな取り組みとして北海道の層雲峡温泉にあるHOTEL KUMOIを、リトリート施設としてリブランディングしています。整体師や鍼灸師、漢方薬局の方など、東洋医学の専門家の方々のご支援とご協力のもと、体質に合わせた食事やトリートメントなどを処方できる場所を提供することで、ご自愛の解像度を少しでも高めてもらえたらと思います。

出産・育児を女性だけの問題として捉えるのではなく、親となるパートナーの方々が身体的に、そして精神的によりヘルシーでいられる社会を作れたらと考えています。(龍崎)

龍崎さんが力を入れている、もう一つのプロジェクトはひとりひとりが過ごしやすくなる/生きやすくなる環境づくり。最近は、産後ケア施設を兼ね備えたホテルを計画されています。産後間もない時期に、赤ちゃんとの生活リズムを整え、自身の身体を休めることのできる施設。女性たちが働くことと暮らすこと、それらを切り分けず、安心感が不足している空間領域に新たな提案をします。

龍崎:私は24歳でまだ子どもはいませんが、年上の先輩方に妊娠・出産の話を聞くと、想像以上に大変なことだと痛感します。産後は、鬱状態になったり、子育てをハンデに感じて会社経営を諦めたりした女性にも出会いました。これから出産する可能性がある身として、これまで多くの人が苦しんで登ってきた険しい山を同じように登り続けるのではない方法を見つけたかったんです。より少ない負担でその道を通過したいと思ったときに、産後ケア施設が必要だと感じました。

韓国や台湾では産後ケア施設が多く存在しますが、日本ではまだまだ普及していません。第三者が産後のサポートに入ることで、出産・育児を女性だけの問題として捉えるのではなく、親となるパートナーの方々が身体的に、そして精神的によりヘルシーでいられる社会を作れたらと考えています。


龍崎翔子さん

柴田さんもオムロン「けんおんくん」や子ども向け木製玩具「buchi」など、女性に向けたプロダクトも多く手がけられています。ジェンダーを問わないプロダクトや空間がほとんどですが、あえて「女性」という観点から意識されていることはあるのでしょうか。

柴田:プロダクトを作る上では、ジェンダーへの意識はほぼありません。女性が作っているだけで「やさしい」と評価されることは多いけれど、意外と女性の方がスマートでシャープなものを作りますよ(笑)。私が大切にしていることは、自分に寄り添ってくれるようなデザインであること。他人に見せびらかすものではなく、その人自身が幸せになれるデザインを作るように心がけています。


子ども向けの木製玩具ブランド「buchi」

柴田:ただ、働くという意味では「女性」ということは意識せざるを得ないですね。プロダクトデザイナーという領域は圧倒的に女性が少数です。それは、立体把握能力に性差があると言われることもありますが、具体的な理由はわかっていません。20代は、それで窮屈に思うこともありましたが、最近は女性であることは個性であって、有利なことも多いと感じます。私自身、一生働ききればいいことがたくさん待っているのではないかと思いながら働いています。

小さな問いをたててその日の自分をケアする。そうすることで、なんとかこの日々を乗り越えていけるのだと思います。(伊藤)

カウンセリング、プロダクト、空間づくりそれぞれの領域から、「#わたしにちょうどいい働き場所」についての考えを伺ってきました。コロナ禍の変化を受け入れ、自分なりに試行錯誤してきた数か月を経て、現在感じている課題や自身の変化についてお話を伺いました。

小田桐:個々に異なる課題を抱えていますよね。通勤されていた方は、分散通勤や時差通勤が急に始まり、自身の意思に関係なく変更しなければならないことも。私も年明けから在宅勤務が本格化し、会社にいた時は気づかなかった些細な変化に不便さを感じています。たとえば、印刷がすぐにできない。簡単な相談を上司に気軽にできない。集中できないなど。それらを解決する術を、一つずつ見つけていきたいですし、H¹Tはそうした悩みを解決できる第3の場所として在りたいです。


小田桐知世さん(野村不動産パートナーズ)

杉山:そうですね。H¹Tは、家でも会社でもないクッション的な居場所として、利用してもらえるのではないでしょうか。そのためにも、自分にとって居心地のいい場所になってくれるように、これからも改善を重ねていきたいと思っています。


杉山詩織さん(野村不動産パートナーズ)

龍崎:働き方を変えることも大変ですが、ホテルなどリモートワークができない業種もたくさんあります。個人的な課題意識としては、働き方を変えられない人にとっての心地よい働き場所を提案したいです。ただ、こうして働き方を見直すことが、自分自身を見つめられる良いきっかけにもなっていると思います。通勤をしなくなった分、余暇の時間が増えた、家族との時間が増えたという話も聞きます。積極的に自分自身と向き合うことで新しい発見を重ねるのも楽しいですよね。

自分自身と向き合う上で、大切なこと。伊藤さんは「先の見えない不安を抱くよりも、目の前の課題ひとつ一つに向き合う」ことを推奨します。

伊藤:先が見えない状況下で、根本的な解決策を探ろうとすることはとても難しいことだと思います。なので、大きな問題よりも小さな問題から考えて、解決していくことが大切。たとえば「今日の働き場所はどうしたらいいのだろうか。どうしたら快適に働けるだろうか」と、小さな問いをたててその日の自分をケアする。そうすることで、なんとかこの日々を乗り越えていけるのだと思います。

柴田:そうですね。私もこれまでは、大学の常勤やいろいろな役目を担っていたことから、「ビジョン」を見据えて大きな話をすることが多かったんです。しかし、コロナ禍になりいくら考えても状況は変わってしまうことに愕然として、状況を想定することをやめたんです。

とりあえず始めたことは、毎日早く帰って家でご飯を食べるということ。人生で一番ご飯を作っていますね(笑)。でも、それがすごくヘルシーで、仕事も順調です。これまでは、朝起きたと同時に戦闘モードのような状態で頭の中は仕事でいっぱいでした。でも、今はもう少しゆとりがある。物事への考え方や人との接し方など、何事に対しても寛容になったと思います。厳しい状況だからこそ、優しくなれているんでしょうね。あまりにも予測のつかないことばかりだから、ぼんやり見るようになったからだと思います。そうすることで、以前よりもハッピーに仕事ができるようになりました。