リモートワークは上司と部下との間にギャップを生み出す。オフラインを有効に使い、コミュニケーションを円滑に。

新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークにシフトする企業が増えました。それに伴って、これまでとは違うコミュニケーションのあり方が求められるようになり、やりにくさを感じている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、産業医兼メンタルクリニックの院長として働く多くの人々の悩みを聞いてきた尾林 誉史氏を取材。今、働く人たちの中で何が起こっているのか。改善のためには何が必要なのか。お話を伺いました。
尾林 誉史
東京大学理学部化学科卒業後、リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了。その後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在は10社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を務めつつ、VISION PARTNERグループの代表兼メンタルクリニック四谷の院長を務めている。メディアでの発信活動も精力的に行なっている。
コミュニケーション不足で、上司と部下との間にギャップが生まれている
コロナにより、働く人たちのメンタルに何か影響はあったのでしょうか?
現時点では面談者が増えたとか、来院する患者さまが増えたといった変化はそこまで大きく感じません。ただ、みなさん、今すごくこらえてらっしゃる時期なのではと思っています。誰も経験したことのない状況のなか、ここで自分一人だけが弱音を吐いていいのかと考えている方が多いのではないでしょうか。そういう方は時間の問題で、いつかメンタルを崩してしまうのではと心配しています。
コロナによる影響が大きいなか、メンタル不調が起きる要因はなんなのでしょうか?
人と直接触れなくなり、その結果「遊び」がなくなったことが要因だと思います。
普段オフィスで仕事をしていた頃なら、廊下で雑談したり隣の人とお菓子をあげあったりと、小さなコミュニケーションがたくさんありました。しかし今、同僚とコミュニケーションをとる機会はオンラインミーティングでしかなく、それもきっちり時間が決まっていて業務以外のコミュニケーションはとりづらくなっています。
その結果、普段何気なくコミュニケーションの中で飛び交っていた「あれよかったよ」といったポジティブな言葉のやり取りが起こらなくなり、なんとなく達成感を感じづらい人たちが増えているのではと思います。淡々と仕事を続けながら、いつまで頑張らなきゃいけないんだろう、とモヤモヤしている人が増えているのです。
一方でマネジメント層からすると、スケジュールが分単位で可視化されるようになったことで、管理しやすくなったと感じている人も多いのだと思います。部下たちは計画的に仕事を進めてくれているだろう、と思い込みやすくなったのです。
しかしモチベーションの下がっている現場の人たちは計画通りに仕事を進められず、上司は「何でできてないの?」と怒ってしまいます。その結果、ただでさえモチベーションが下がっているメンバーが、さらに追い詰められ、上司もイライラするという悪循環も起きてしまっているのです。
コミュニケーションの問題以外にも、リモートワーク下ではオンオフの切り替えがうまくできないという問題も起こっていて、それもまたメンタルに大きな影響を与えています。
慣れないなか、在宅勤務を強いられている方々はオンの状態が、朝から晩まで睡眠中も含めてずっと続いている状態で、常に「対応しなければ」という強迫観念に駆られている方が多いです。交感神経が優位な状態がずっと続いていて、体がこわばり、肩こりを訴える患者さまも多いですね。

リアルでのコミュニケーションを効果的に行い、メンタル不調を予防
メンタル不調を防ぐためには何ができるのでしょうか?
コロナ以前から導入している会社様も多いですが、上司と部下が定期的に行う1対1の面談「1on1」はひとつの有効な手段だと思っています。週に一度30分ぐらいとって、何でも話せる時間をとるとよいと思います。
先程お伝えした上司と部下との間にあるギャップも、結局は互いへの信頼関係がうまく築けていないことがベースにはあるので、互いの心の内をさらけ出すことで解消できる可能性があります。
ただ、オンラインでの1on1はオススメできません。だいたいが仕事の話をして終わっちゃうからです。進捗確認になってしまい、結局悩みを相談できず、逆に詰められてしまうというパターンも多いのではないでしょうか。
だからこそせめて1on1だけはリアルでやるとよいのではと思います。リアルだとオンラインの時よりも業務以外のことを話しやすいですし、お互いの空気感も感じやすいです。「やっぱり家とオフィスとでは違うよね」「最近どう?」といった雑談から入って、上司は部下に「今のあなたの役割はこうで、期待しているものはこれだよ」と示すことが大事です。
また、メンバーが今出している成果に対してしっかり褒めてあげることも重要です。仮にフィードバックしたいことがある場合でも、リアルでなら柔らかく伝えられます。テキストでのやり取りだとどうしても、ネガティブに捉えられがちで、読み手を不安にさせてしまいますからね。
オンとオフがうまくできないという話がありましたが、どうすれば防げるのでしょうか?
物理的に場所を変えるのも一つの手だと思います。
これまでは職場に行くことで仕事モードに自然とスイッチが入るようになっていました。また、帰社時間になると「もうすぐ帰れる」とオフに向かって気持ちが切り替わっていたのだと思います。それと同じように、場所を変えることで、頑張らなくても自然とオンとオフとを切り替えられるのだと思います。
ここぞというシーンではシェアオフィスを使ってリアルなコミュニケーションを
物理的に場所を変えるのもよいとのことですが、シェアオフィスを使うのも有効なのでしょうか?
有効だと思います。
先ほどもお伝えしたように現在、管理職とメンバーとの間にギャップが生まれていますので、それを埋めるためのリアルなコミュニケーションが必要で、そのための場所としてシェアオフィスを活用するとよいのかなと思います。
1on1に限らず、大事なミーティングや決起会なんかをやる場所としてシェアオフィスを使うのもよいでしょう。これまでと同じように毎日何時間もオフィスにみんなで集まることが難しくても、ここぞと言うタイミングだけはリアルで集まるようにするのです。具体的には、何かプロジェクトが始まる際の最初のミーティング、中間の進捗確認、最後のミーティングと、大きく3カ所くらいは皆で集まってやることに価値があるのではと思っています。
各社員が実際に手を動かして進める作業はそれぞれでやればよいですが、モチベーションをあげたり、共通の認識を作る場は、社員それぞれの感情が伝わりやすいリアルがよいと思うのです。
集まる際は、「ワクワクする空間」だとなお、気分が上がってよいと思います。高級なテーブルや椅子を揃える必要はなく、非日常感があればOKです。そういう意味では、緑を取り入れることも重要です。クリニックにも取り入れていますが、緑はそれだけで非日常を演出してくれるので、その効果は大きいのだと思います。
オンラインと、オフラインとを使い分ける意識が重要です。

尾林さんが考える、これからの働き方とは?
これからの時代は、どんな働き方をするとよいのでしょうか?
複業的な働き方は大事になってくるのかなと思います。
一つの専門領域に特化していくと、AIに取って代わられたり、自分よりスキルの高い人が出てくると簡単にその場所を奪われてしまうからです。もちろん専門性が高いことを否定するわけではありませんが、多様な視点を持ち、柔軟性を高めていくことが生き残るには必要なのではないでしょうか。
そういった意味では働く場所についても、一箇所にとどまらず、いろんなところを使い分けるとよいと思います。環境を変えることで思考の画一化を防ぎ、柔軟性を生むと思うからです。シェアオフィスに行ってみたり、安いホテルに泊まってみたり、山にこもるなんてのもありだと思います。
私自身、産業医をやりながらクリニックでの診察も行っていて、二足のわらじを履いている状態です。2つの役割をいったりきたりすることで、毎回新鮮な気持ちで仕事に向き合えています。
今後はさらに関わる領域を広げ、新しい挑戦をしたいです。ありがたいことに幅広い領域の方と知り合う機会が増え、「この人とならこんなコラボレーションができるのでは」とイメージが沸く瞬間があります。そんな繋がりから新しい事業を生み出していければと思っています。具体的には今、キャリアカウンセラーの方とのコラボレーションや、孤独になりがちな起業家の方々を救うお手伝いなど考えています。
これからも特定の思考に凝り固まらず、柔軟性をもって、自分のやれることの領域を広げていければと思います。