「働きがい」の向上は重要な経営戦略。
多様性を認めて、個々の潜在能力を最大化できる環境を。

2020.02.21
インタビュー

野村不動産では、ヒューマンファーストを掲げて、働く人を第一に考えるサテライトオフィス「H¹T」を展開している。今回は、日本の「働きがいのある会社」ランキングを発表している、Great Place to Work® Institute Japanの岡元利奈子社長に話を聞く機会をいただいた。働く人の人生を豊かにするヒューマンファーストの理念にも通ずる「働きがい」とは何か、高めるために会社はどんなことをしていく必要があるのか詳しくお話を伺った。

【プロフィール】
岡元利奈子
Great Place to Work® Institute Japan
(株式会社働きがいのある会社研究所 代表取締役社長)
人事測定研究所(現リクルートマネジメントソリューションズ)入社。人事コンサルタントとして、人事制度設計や従業員意識調査などを行う。その後、海外現地法人のコンサルティングビジネスの立ち上げ支援などを経験し、2014年より現職

働きがいとは「働きやすさ」+「やりがい」

まず、Great Place to Workの事業内容について教えてください

Great Place to Workでは、「働きがいのある会社を増やすこと」をミッションとして活動しています。さまざまな会社の働きがいを調査し、その調査結果に基づき「働きがいのある会社」のランキングを毎年発表しています。

「働きがいのある会社」ランキングは、元々アメリカでスタートしたもの。Great Place to Workの創始者である労働記者ロバート・レべリングは、全米の会社に広くインタビューを行う中で、社員が生き生きと働く業績が好調な会社と、労働争議が起こり業績が上がらない会社に違いがあることに気がつきました。そして、前者の優れた会社を調べていくうち、ある共通点を見つけたのです。取材の中で明らかになったその共通点を、「働きがい」としてまとめて一つの本にしました。それが全米でベストセラーになったことをきっかけに、「働きがいのある会社」をランキング化して発表することにしたのです。日本では2007年からスタートし、毎年ランキングを発表しています。

私たちが定義する「働きがい」とは、「働きやすさ」と「やりがい」の両方が兼ね備わった状態。働きがいを計測するために、私たちは「信頼」「人の潜在能力の最大化」「価値観」「リーダシップの有効性」「イノベーション」「財務的成長」の6つの尺度を定めています。


中でも一番重要なのは「信頼」。信頼が中核にあることで、財務的成長やイノベーションが生まれると考えています。リーダーへの信用や、従業員への尊重と公正性、仕事への誇りや仲間との連帯感が、信頼に含まれる要素です。これをいかに高めていくかが、働きがいのある組織を作る上で重要ですね。

これら6つの尺度を元に、毎年会社側、従業員側それぞれにアンケートを行い、「働きがいのある会社」を定めています。

現在世界の60か国以上でこのランキングを展開していますが、ポイントとなるのは働きがいを測る尺度は世界共通だということ。働きがいを感じる優れた組織の特徴は普遍的な部分が多いと言えます。


価値観の浸透と双方向コミュニケーションで信頼を醸成

働きがいを高める上で最も重要な「信頼」を高めるためには、何が必要でしょうか?

まずは価値観、バリューがはっきりしていること。そしてそれが浸透していることです。会社の理念や方針、行動規範などは大抵どこの会社でも掲げています。しかしそれをどれくらい実践しているか、大事にしているかは会社によって大きな差があります。ベストカンパニーに選出された会社の中でも、上位の企業は、価値観やバリューの浸透度が高いです。そういった組織を一度形成できると、採用でも会社の価値観、バリューに共感した人が入って来やすくなるのでさらに浸透度が高まります。

しかし正直に言うと、価値観やバリューはそう簡単に浸透するものではありません。会社のカルチャー作りになるので、経営トップがどれだけ真剣に取り組むかにかかっています。トップが真剣に旗を振ってやり続けることがポイントですね。なかなか成果は出にくいですが、一度浸透させることができれば目指す方向性や判断基準が揃うので、結果として会社の成長にも繋がります。

加えて、信頼を高める上では、経営陣と現場の双方向のコミュニケーションも重要です。ポイントとなるのが、トップの考えの伝え方。ただ発信すればいいというのではなく、組織の特徴に合わせて、工夫して伝える必要があります。例えば100名を切るような会社であれば、全員顔を合わせてのミーティングも割と簡単にできます。しかし、これが1000人以上になる場合は、1カ月に1回開くことも難しいでしょう。だったらビデオやメール、ウェブなどの間接的な手段を使うなど、どうしたら相手に届くかを工夫し、考えること。また従業員の特徴や性格に合わせた内容やメッセージを届けることも重要です。伝えたかどうかではなく、届いたかどうかを考えたコミュニケーション設計が肝要です。

また、現場の声をどれだけ聞けているかも重要です。 ただ、従業員の意見を全て取り入れればよい、という意味ではありません。会社としては、譲れる部分かどうかを見極めることが大切です。例えば、価値観やバリューといった部分は簡単に変えられませんが、就業規則などのルールは時代や社員のニーズに合わせて変えてもいいかもしれません。すべての意見を実現させるというわけではなく、できることできないことをしっかり見極め、合意形成することが重要になります。


サテライトオフィス活用 従業員の働きやすさに合わせて

働く場所は「働きがい」にどのように関わってきますか?

働く場所は働きがいを形成する「働きやすさ」の部分に大きく影響します。今、国が進めている働き方改革は、多くがこの「働きやすさ」に寄与するものですね。べストカンパニーと呼ばれる優れた会社は、国が働き方改革を推進する前から、当たり前に時間や場所に配慮して、従業員が働きやすい環境をつくることを考えてきました。

そういった会社が共通して持っているのは、「どうやったら今いる人たちが、最大限に力を発揮できるんだろう」という考え方です。従業員の潜在能力を最大限活かせるよう、働く場所も設計しているのです。例えばサイボウズ株式会社は、オフィスを移転するときに、「そもそもオフィスって必要なんだっけ?」というところから議論がスタートしたと言います。オフィスの意味を考えた結果、オフィスは必要という結論に至り「自宅で仕事をしてもいいのに、わざわざ来たくなるようなオフィスってなんだろう?」と自分たちが働く上で理想の環境を、社員が議論していったのです。こんな風に社員が話し合う中で出た意見を元に作っていくことも重要ですね。

ときどき、オフィスはスタイリッシュでキレイなのに、働きがいは低い会社があります。そういう会社は、誰がこのオフィスを設計・デザインしたのか聞くと「人事・総務」「社長の一存」などと返ってきます。それではなかなか、働きやすい環境を作り上げるのは難しいと思います。

働きやすさを形成する上で、サテライトオフィスの良さとはどんなところにあると思いますか?

サテライトオフィスは、営業や顧客先への駐在など、外に出ることが多く、オフィスに戻ってくるのが大変な従業員がいる場合に価値が高いと思います。サテライトオフィスを活用することで空いた時間を有効的に使えますよね。設備も揃っていますし静かなので、家とオフィスとの距離が遠い方にも有効でしょう。

しかし、サテライトオフィスだとどうしても、バーチャルなコミュニケーションになります。注意が必要な点は、直接的なコミュニケーションを取った方が良い場合と、バーチャルで大丈夫な場合としっかり分けて設定することですね。サテライトオフィスも働く場所の一つの選択肢なので、従業員の特徴やコミュニケーションの種類に合わせ、活用できるといいと思います。

バリューやビジョンの浸透 長期的な取り組みを

これから働きがいを上げていきたい会社は、どういったことに取り組むべきですか?

まずは多様性を認めることですね。労働市場には色々な事情を持っている人がいます。同じオフィスで同じ時間に働くという条件では、上手く能力を発揮できない人も多いでしょう。その中で、どうしたら個人が能力を発揮し続けられるか、考えていく必要があります。今までは全員が一斉に朝から晩まで同じところで働くことを前提としていましたが、これからはそれがどんどん崩れるでしょう。

働く場所や時間が多様化すると、ややもすると会社がバラバラになる恐れがあります。そのため、何が重要で、どこを守るべきなのかの共通の認識が必要になります。よって、これまで以上に価値観やバリューの言語化と浸透にも取り組むべきだと考えています。

すでに価値観やバリューが浸透している会社も、時代が変われば変えていく必要があります。ベストカンパニーの中でも数年に1回は見直しをしている会社もありますし、毎年変えている会社もあるほどです。経営陣が音頭を取って価値観やバリューを定期的に見直し、浸透させることが大事ですね。 最終的には、職場で価値観やバリューに関連した会話が飛び交うことが理想だと思います。日常のどんな仕事が価値観やバリューを体現しているのかを話し合い、そうした仕事を行った人をお互いに褒めたり讃えあうことで根付いていきます。

「働きがい」を高めることは、重要な経営戦略です。組織づくりは業績と違って、なかなか成果が見えにくいですが、できる限り調査やインタビューで可視化をしながらPDCAを回していくことが重要。その中でしか、ベストな施策は生まれません。時間はかかりますが、長期的に見ると必ず大きな結果になります。諦めず、働きがいを醸成するグッドサイクルを回し続けてほしいですね。