目指したのは、一人ひとりのワーカーの幸せ
社会が本当に求めるシェアオフィスの在り方を探る。

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「ヒューマンファーストタイム」がコンセプトのサテライト型シェアオフィス「H¹T(エイチワンティー)」。働く人一人ひとりの幸せを考えるという視点は、どのように生まれたのか。H¹Tに込めた想いや今後の展望を、H¹T事業責任者の宮地が語った。

真に日本で求められているシェアオフィスとは

H¹Tを生み出した背景を教えてください。

働き方改革が進み、個人の多様性に合わせた働き方を認めようという動きが出てきたことがあります。例えば育児や介護との両立など、それぞれの事情に合わせて、仕事を続けやすい環境を整える試みが実施されています。また、2020年の東京オリンピック開催に向け、都心の混雑緩和のために、テレワークが推奨されています。

こうした流れの中で生まれたのが、サテライト型シェアオフィス「H¹T」。都心の主要エリアである新宿、日本橋、品川、新橋を皮切りに、川崎、大宮、新横浜など2019年度中に23拠点を開業予定です。

この新事業を任されるにあたり、私は最近話題になっている「オープンイノベーション」を生み出すシェアオフィス とは違う形を模索すべきだと感じました。その理由は、自社にそのノウハウがないことと、自身の実体験として、オープンイノベーションが起きる場づくりは難しいと感じていたことにあります。

私は新規事業の担当なので、異業種交流会に参加する機会は多い方です。しかし、30人と名刺交換しても、本当にビジョンが合う人は一人いるかいないかです。さらに、仮に出会いがあったとしても、ビジネスにつなげるのは難しいという現実があります。なぜなら、多くの日本の上場企業では、まず課長に報告し、次に部長に報告し…というプロセスが必要で、どうしても懸念点ばかりが先に立ち、プロジェクトが起ち上がりづらいからです。

異業種との交流でイノベーションを生み出し、普段の業務の延長戦では生まれない成果を取りに行くためのシェアオフィスが、アメリカでは成功し、日本で成功しづらいのは、こういった背景があるからではないでしょうか。

また、日々働く場所でネットワーキングを求められるのは辛いという考えもありました。人から指示されて取るコミュニケーションほど疲れるものは無いですからね…。

事業として続けていくのならば、できないことを無理してやろうとしても成功しません。だから私たちは、オープンイノベーションを求めるワークプレイスとは違うものをつくろう、と思いました。そこで着目したのが「ヒューマンファースト」という考え方だったのです。

一人ひとりのワーカーにとって働きやすい、ヒューマンファーストな空間をつくる

「ヒューマンファースト」に込めた意味を教えてください。

「ヒューマンファースト」とは、働く人一人ひとりの人生の豊かさや「人間らしさ」を大切にしようという価値観です。もともと野村不動産が手がけるオフィスビル事業の運営ヴィジョンとして掲げられていた言葉でした。H¹Tが起ち上がる前から存在していた言葉ですが、個人的に非常に共感を覚えていました。

私は、前職時代に言われてずっと心に引っかかっていた言葉があります。それは「オフィスビルの場所を決めるのは、総務部長や経営者だ」という言葉でした。総務部長や経営者がオフィスに求めるのはお客様に対して良い印象を与える大きなエントランスホールなどで、カフェのような従業員が憩う場所は、裏側でいいという意味でした。当時ビル内のオフィス誘致を担当し、日々ワーカーが働きやすい建物について考えていた私には、少し違和感を感じさせる一言でした。

 オフィスで働くのはワーカーなのに、美味しいコーヒーを飲みたいとか、休憩時間を少し豊かに過ごしたいといったワーカーの意見は求められていないのです。オフィスは本来、働く人のためのものであるはずです。確かに、経営者や上の立場の人にとって、カフェはそれほど必要ないのかもしれません。しかし、ワークプレイスの恩恵を最も受けるべきなのは、毎日そのビルの中で必死で戦っているワーカーの方々ではないかと思うのです。

 改めて考えると、ワークプレイスの設計は、個人のワーカーよりも「法人」という人格に向きがちです。法人が求めるものを考え、主に総務、財務、人事などの問題に目を向けるのが一般的です。一方で、ワーカー一人ひとりの幸せについては、決して無視するわけではありませんが、どこか優先順位としては下げられてしまいがちだったのだと思います。

「ヒューマンファースト」という考え方は、野村不動産のオフィス設計に対する姿勢を表すものとして、商品企画や設計に携わる人間の根底にあるべきものなのだと思います。

あえて都心ではない場所に展開する意義

H¹Tを運営していくにあたり、特にこだわった点が二つあります。一つは、都心だけでなく、郊外にも拠点を置くということ。オフィスとして最も利便性の高い土地は、例えば日本橋から新橋あたりのビジネスエリアだと思われています。しかしH¹Tは、最初から郊外への展開を視野に入れて事業を進めています。その背景には、ワーカーにとって一番良い働く場所は、決して都心とは限らないと思ったことがあります。

例えば、自社で一緒に働いているあるワーキングマザーは、8時に保育園へ子どもを預け、9時ギリギリに出社しています。帰りは17時40分に会社を飛び出して、19時に子どもを迎えに行き、20時に夕食を食べさせて、家事をして、自分が寝るのは24時だと。つまり、親子のコミュニケーションの時間すらほとんど取れないとのことです。子どもに習い事をさせることもできません。この話を聞いたとき、こういう身近な人の悩みを解決できないかとシンプルに感じました。

また、私自身、通勤時間を非常にもったいないと感じたことがあり、その削減ができる点でも郊外にシェアオフィスがあることは重要だと感じていました。普段は会社まで交通機関を使わずに行くのですが、週に一度、朝9時から開かれる定例会議に参加するために、電車を使ってオフィス街に通っていたときのこと。電車の中もホームも人で溢れかえっている状態で大きなストレスを感じていました。もし、満員電車に乗らずに済むような働き方ができれば、ストレスもなくなり、ただ耐え忍んでいた時間をもっと有意義に使うことはできるのではないだろうかと考えていました。

そもそも、都心で働かなければというのは、実は私たちの思い込みに過ぎません。働く場所が変われば、例えば熱海や箱根、軽井沢など過ごしやすい場所に住みながら働くという選択もできるのです。

この思想は野村不動産が運営するマンション「PROUD」があったことも影響を受けたかもしれません。「PROUD」は都心の駅前だけではなく、郊外にあっても、ファミリーで暮らせる良質な住空間を提供しています。郊外のマンションに暮らす生活者目線に立ち、今日住環境を設計してきた野村不動産の思想が、H¹Tのサービスにも息づいています。

仕事のパフォーマンスが上がる環境づくり

もう一つのこだわりは、仕事のパフォーマンスが上がるような環境をつくること。その実現のために、細部にまで力を入れて環境設計をしています。

例えばH¹Tの椅子は、座面の調節ができるオフィス用椅子を採用。これは、長時間働くことを想定した場合、デザイン的にお洒落な椅子より、オフィス用椅子の方が疲れにくいからです。

空間構成についても議論を重ね、オープンな空間と集中できる空間とを、働く人自身が選択できるようにしました。できるだけブース席を多くして、クローズな空間にした方が集中するにはいいかもしれない。しかし、100%仕事だけに集中していられないのが人間というものです。コーヒーを飲みながら少しくつろいで、周囲の息遣いを感じて働ける空間があれば、働く時間はもっと豊かになるでしょう。

また、シーンに応じて使い分けられるミーティングスペースがあるのも特徴です。オープンな空間でのミーティングは、コミュニケーションの促進につながります。チームでオフィスを利用できれば、上司にも来て貰える。そのときに「このオフィスに来ればチームのパフォーマンスが上がる」と感じられる空間であれば、シェアオフィスはより活用されるでしょう。上司に会わないというテレワークの不安感を解消しつつ、仕事も進むようなワークプレイスを目指しました。

「働き方」ではなく「生き方」に寄った商品

よりヒューマンファーストな環境をつくるために、ハード面だけでなくソフト面もさらに充実させていく予定です。例えば、人間は変化を求めるものなので、流す音楽のテーマを少しずつ変えてみる、といった工夫をしています。

また、オープンな空間を設置したのには、そこから何かしらのコミュニケーションが始まれば、という意図もあります。ビジネス目的ではなく、同じ空間で働くことから生まれる、自然なコミュニケーションを起こすのを狙っていますね。一見無駄にも思えるそういったゆとりが、ヒューマンファーストと呼べる、働きやすい豊かな環境づくりにつながります。

シェアオフィスは、働き方と生き方の間にある商品だと思っています。従来のシェアオフィスは「働き方」に寄っていて、ビジネスで成果を上げるための商品であることが多かった。私たちがつくりたいのは、もう少し「生き方」に寄った商品。郊外への展開という視点はまさに我々が新しい「生き方」を作りたいと考えている証です。

不動産業では、店舗展開は都心から始めるのが常識です。郊外を働く拠点とする考え方は少数派でしょう。それでも、オリンピックや災害といった、社会的に大きなイベントに遭遇することで、働く場所はもっと自由でいいという議論がきっと生まれます。「会社に行かなくても仕事ができる」という気づきは、日本社会にとって大きな変化。そうした局面を迎えたとき、H¹Tが新たな生き方を提案する場になればと願っています。